JAいぶすき観葉植物部会
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指宿紹介

1.緒論

わが国は火山の多い国で、温泉地も多い。鹿児島県は霧島・桜島・開聞岳、さらに南につながる火山脈が走り国内では火山が多い地である。第1表に示すとおり泉源総数は2,496で大分県に次ぎ、その湧出量は1日257 千tで北海道、大分県に次ぐ量である。29.30)

第1表.鹿児島県の温泉利用状況(1989.3.31現在)29)
温泉地数 泉源総数 利用泉源数 未利用泉源数
自噴 動力 自噴 動力
128 2,496 459 1,102 1,561 283 652 935
沸出量(l/分) 温泉利用の公衆浴場施設数
自噴 動力
54,022 124,888 178,910 369

今日のように旅行気分で休養する余裕のなかった時代でも、温泉地では農閑期の骨休みのほか、皮膚病、神経痛や胃腸病の療養に利用されてきた。自炊しながらの湯治・休養は労働者や高齢者に重宝された。また時代の流れとともに多くの温泉地は歓楽、遊興地として発展した。


玉利喜造先生(1927、昭和2年)。

指宿は、国内のみでなく世界中でも最も早く温泉を浴用・湯治利用から産業利用へ着手した温泉地である。それには、1908年(明治41)来鹿児島高等農林学校創設に尽くされた玉利喜造博士の功績による。6,18,19,30)玉利博士は赴任以前に静岡県熱海で農業への利用を試みられており、南方資源開発とその人材育成を旨として鹿児島高等農林学校長に赴任されて以来、研究資料確保の場として指宿温泉に着目され、私費を投じて孵卵、育苗等農業への利用を試された。4,19,21)


指宿植物試験場(1924,大正13年)。19)


指宿植物試験場(1985,昭和60年)。


指宿植物試験場俯瞰図(1990,平成2年)。

1918年(大正7)、鹿児島高等農林学校指宿植物試験場が設置され、温泉熱の産業への利用法の研究がすすめられ、地域の発展に大きく寄与してきた。1935年(昭和10)北白川、山階両殿下、1943年(昭和18)高松宮殿下17)、1962年(昭和37)には皇太子・同妃殿下(現天皇、皇后陛下)が温泉熱園芸研究および熱帯作物資源の保存をしている植物試験場を視察された。指宿における温泉熱の農業への利用について1960年代までに若干の報告例はあるが6,19,29,30)、今後の参考に資するべく整理した次第である。


皇室の行啓(1962,5月,昭和37年,御案内中山定徳先生)。3,17)