JAいぶすき観葉植物部会
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指宿紹介

2.指宿温泉

指宿温泉には指宿、山川、開聞の温泉を含むとの説があるが、本論では行政区の指宿を主に述べる。指宿温泉は阿多カルデラ(または指宿カルデラ)の北辺部である29,30)

指宿の地名の由来は諸説あるが、奈良時代の和名沙には「伊夫須岐」とある26)。また、天智天皇が噌唹群志布志より指宿への臨幸の時「舟揖」を宿したことに由来するとの説もある。あるいは湯豊宿(ユホスキ)と表現した史家もある26)

指宿の各地に豊富に湧出した温泉を称えて、菊池霊芳は「掘れば畑にも湯わき、砂掘れば砂にも湯わく指宿の里」の句を、与謝野寛は古くから湯治に重宝された砂蒸しにひたり、「指宿の砂湯に天の川くろきを見つつよこたはるか」の句を残している6,26)

かつて「天下一品の指宿温泉」と推賞された所以は砂蒸し温泉を意味した。砂蒸し温泉は古来胃腸病、冷え性、関節炎、リューマチス、痔、疝気に効果があると伝えられてきた。

指宿の清見岳の東方傾斜地には俗にスメと呼ぶ噴気地が散在し、その地で生育された温泉余土は指宿粘土の名でかつては採掘・利用された29,30)

鹿児島大学医学部田中信行教授ら(1987)28)は砂蒸しの医学的効果の研究を行い、腰痛、筋肉痛、神経痛、骨折、関節疾患、脳卒中後麻痺等の痛み、こわばりに有効であること、心、肺機能の低下した人、高血圧患者や消耗性疾患を有する人には適さないことを明らかにした。この業績により砂蒸しの利用者は急増している。

三国名勝図会には浴湯として港の湯、大牟礼湯、三節湯、間水湯、柴立湯、長井の湯、殿様湯(摺ケ浜公園付近)、殿様湯(二月田)、弥次ケ湯が、鹿児島温泉誌 (1914)には、浜田温泉、柴立温泉、間水温泉、二月田温泉、弥次ケ湯温泉、長井湯、村之湯温泉、朝日温泉、潟口温泉、三節湯、摺ケ浜温泉等が紹介され ている29,30)


指宿市温泉地区の相互関係位置図30)

露木ら29,30)は指宿温泉を11の温泉地区にわけている。それぞれの地区の温泉水の化学組成は第2表に示すとおりである。

第2表.指宿市地域の温泉水の化学組成とモル(原子)比30)
温泉地区 採取年月日 泉温℃ pH Na+
mg/l
K+
mg/l
Mg2+
mg/l
Ca+
mg/l
ΣFe
mg/l
ΣMn
mg/l
B
mg/l
Si
mg/l
HCO3-
mg/l
F-
mg/l
Cl-
mg/l
SO42-
mg/l
F/Cl×103
原子比
Cl/SO4
モル比
柴立・宮ヶ浜温泉 Aug.26.'91 34 6.88 372 39.4 8.4 74.0 <0.02 0.05 1.54 50.9 72.9 0.51 390 89 2.4 11.9
柴立・宮ヶ浜温泉 Aug.26.'91 32.4 7.38 203 16.9 4.3 24.0 <0.02 <0.02 0.85 42.0 83.2 0.56 166 63 6.3 7.1
河原・二月田温泉 Aug.27.'91 35 7.71 595 105 4.8 48.0 2.30 0.54 2.59 55.6 157 1.29 931 125 2.6 20.2
十町田良温泉 Aug.26.'91 57 6.32 2440 277 92.5 700 2.68 0.32 8.32 74.3 50.9 0.93 4830 665 0.36 19.7
十町田良温泉 Aug.26.'91 56 7.12 9920 402 852 800 1.60 0.30 4.44 53.2 93.9 0.32 17480 3250 0.03 14.6
弥次ヶ湯温泉 Aug.26.'91 58.3 6.52 1350 226 14.7 158 1.81 0.80 5.45 49.5 55.7 0.83 2250 149 0.69 40.9
弥次ヶ湯温泉 Aug.26.'91 52.1 6.96 783 175 86.4 48.0 <0.02 0.06 3.67 66.3 99.3 0.47 1510 70 0.58 58.5
湯之里温泉 Aug.26.'91 71.5 6.74 1830 248 21.4 234 0.70 1.05 6.14 86.9 96.8 0.20 3010 118 0.12 69.1
湯之里温泉 Aug.26.'91 65 6.58 1260 195 33.8 120 2.23 1.43 3.70 71.5 95.4 0.21 2290 114 0.17 54.4
潟口温泉 Aug.26.'91 45 6.73 5850 315 536 510 0.29 5.49 3.80 50.0 121 0.36 10120 1350 0.07 20.3
潟山温泉 Aug.26.'91 42 7.24 1730 170 91.0 144 0.49 1.50 1.31 34.6 92.1 0.47 2800 313 0.31 24.2
潟山温泉 Aug.27.'91 53 6.78 7370 359 536 484 13.4 7.15 0.78 59.8 130 0.43 12430 1630 0.07 20.7
大牟礼・湊温泉 Aug.26.'91 49.3 7.17 1550 200 24.2 134 0.65 0.65 4.06 72.9 104 0.24 2490 115 0.18 58.7
大牟礼・湊温泉 Aug.26.'91 42 7.55 767 115 20.8 90.0 0.13 0.06 1.86 42.5 124 0.37 1410 88 0.49 43.4
摺ヶ浜温泉 Aug.26.'91 81 6.75 4220 300 149 536 0.12 0.65 6.89 73.8 123 0.75 7180 540 0.20 36.0
摺ヶ浜温泉 Aug.26.'91 83 7.45 4590 341 110 634 <0.02 1.06 8.23 77.1 107 0.68 7820 371 0.16 57.1
鉄道以西北部温泉 Aug.27.'91 97 6.89 5630 711 2.4 723 <0.02 1.08 26.2 43.4 11.2 2.40 9950 90 0.45 300
鉄道以西北部温泉 Aug.27.'91 99 7.91 5190 530 1.6 582 0.85 0.40 31.9 43.4 36.7 2.19 9380 68 0.44 374
鉄道以西南部温泉 Aug.27.'91 75.4 7.79 2480 250 82.1 340 0.48 0.71 4.76 42.0 113 0.80 4440 284 0.34 42.4
鉄道以西南部温泉 Aug.26.'91 100 7.69 6370 429 86.1 925 0.23 1.23 12.2 64.4 41.3 1.89 11010 315 0.32 94.7
資料:鹿児島県の温泉より抜粋作表
1.柴立・宮ヶ浜温泉地区

柴立温泉は三国名勝図会に柴立湯の名があるが、温泉開発の年代は不明である。小川沿いに自然湧出していた温泉で、1975年(昭和50)頃に湧出を停止した。浴場としたのは1878年(明治11)頃、整備されたのは1914年(大正3)頃で、当時は随分賑わった。29,30)

宮ヶ 浜温泉は湊川沿いに低温の温泉が古くから知られていた。1960年代、川沿いに温泉を利用した養魚が行われた。その後業者が増加したことから、1975年 (昭和50)以後過剰揚湯により水位低下と相互干渉が起こった。かつては二月田温泉より引湯により宮ヶ浜に公衆浴場があったが、1998年(平成10)廃 止された。

宮ヶ浜、柴立温泉地区では1960年代から養魚事業の増加に伴い多量の低温泉の揚水が行われ掘削井の水位低下および相互干渉が起こり、柴立温泉は1977年(昭和52)からは使用できなくなった。29)

2.河原・二月田温泉地区

温泉の歴史は古く、三国名勝図会に「殿様湯、間水湯」の名がある29,30)。殿様湯は第27代薩摩藩主島津斉興(1972~1859)が建てた温泉浴場(1831)を民間に払い下げ、公衆浴場として利用されてきた。便秘や胃腸病に効くといわれている。「殿様湯跡」は指宿の文化財として保存されている。

こ の地区は1925年(大正15)頃浴場用に、1930年(昭和3)から1935年(昭和10) にかけては、施設園芸用として多数掘削・利用された。1945年(昭和20)以降多くの温泉は製塩に利用された。揚湯量増大により、温泉水位および温度が 低下して動力揚湯された。1964年(昭和39)に製塩事業が中止された後は施設園芸、養魚、配湯等の事業に動力揚湯利用されてきた。1978年(昭和 53)以来農事組合法人グリーンファーム指宿生産組合は二月田より(1.3km)引湯して利用している。

3.十町田良温泉地区

JR指宿枕崎線、秋元川および二反田川に囲まれた地域である。この地の東寄りに1928~1929年末に米永敬蔵氏が、深度65m前後で4 本掘削して62℃の自噴温泉を得て施設園芸を始めた。29,30)

1950年(昭和25)以後二反田川沿いの上手および下手で深度50~60mの数本の掘削が行われ55~63℃の温泉が自噴し、製塩、カオリン乾燥、浴用に利用した。

1950年代後半には深度300m前後の掘削で62~88℃の自噴温泉が、1972年(昭和47)末にはJR指宿枕崎線寄りの地で深度200mで50℃の温泉が得られ、施設園芸と浴用に利用されている。

4.弥次ケ湯温泉地区

弥次ケ湯の語源は、三国名勝図会には「住昔弥次という者屈出せり、故にその名を得たり」とあるが、むしろヤチ(低湿地)に由来する方がふさわしい29,30)。「怪我をしたワシが温泉で傷を癒すの見て、弥次という男が自分の不自由な足を湯につけて治した」との民話もある。

古い温泉としては弥次ケ湯と長井の湯があり、長井の湯は二月田の島津公の湯場が造られる以前はここが島津公の湯場であったと伝えられている6)

1919 年(大正8)に鹿児島高等農林学校指宿植物試験場が設置され、指宿における科学的な研究による「温泉熱利用促進栽培」が始められ、温泉の事業的利用の黎明 期となった。この地区の温泉は、概ね掘削深度50~70m、泉温50~60℃である。公衆浴場、旅館浴場、自家浴用、施設園芸、配湯、研究用等に利用され ている。研究に利用していた農林水産省九州農場試験場第1研究室:指宿試験地は1998年(平成10)に閉庁された。

5.湯之里温泉地区

高温の温泉が広く分布していた。1955年(昭和30)頃までは場所により地表下1~2mにある堅い温泉沈殿物層の「バン」を掘開すると容易に温泉を得られることから29,30)、自然湧出地は多かった。古くは「豚、鶏、麻等を蒸煮した」との古老談がある。

1920年代には高温泉でヤケドによる死亡例もあった。

明 治末期より大正末期頃までの温泉熱利用製塩は自然湧出を利用したが、その後製塩および施設園芸に多数掘削・採湯され、温泉水位および泉温・泉質の低下が起 こった。この現象は、第二次世界大戦終了後は一層顕著になった。湧出量の減退、自然湧出停止の泉源が増えて、動力揚湯が行われるようになった。1964年 (昭和39)、製塩事業の中止で多少の温泉水位および泉温の上昇が見られた30)

1970年代に入り、市の都市計画によりかなり区画整理され、温泉は主に市、ホテル、民間等の配湯、一部施設園芸および公衆浴場に利用されている。

6.潟口温泉地区

湯之里温泉地区の東側の海岸寄りの地区である。この地区の海岸、海中、川岸および川の中に温泉が自然湧出していたらしい。

1907年(明治40)頃自然湧出温泉利用の公衆浴場が開設され、この地区の温泉開発の端緒となった。1916年(大正5)頃までに10数本の掘削が行われ29,30)、1940年まで公衆・自家・旅館浴用、施設園芸に利用された。

湯 之里地区の温泉利用が進むにつれ、温泉水位および泉温の低下が起こり、この地区でも動力揚湯が行われるようになり、海水の呼び込みもあり、海岸寄りの温泉 から使用不能泉源が増加した。1965年(昭和40)に旧潟口温泉街の中心近くでの260mの掘削で、水位は低いが48℃の多量の温泉が得られた29,30)

7.潟山温泉地区

1941年(昭和16)までは、現在の野球場南端付近に温泉があり、旧田良集落の共同湯として利用された。1913年(大正2)に浜田金右衛門氏が、伊佐郡西太良の鎌田伸太郎氏に依頼して、自家浴用として上総堀りで掘削を行っている。指宿における最初の掘削と思われる29,30)

1922年(大正11)ごろから1930年(昭和5)頃までに掘削された温泉が、公衆浴場のほか施設園芸に利用された。1960年代から養鰻、ホテル・旅館浴場、自家浴場、観葉植物栽培用として水位の低い多数の温泉が掘削、大量の採湯が行われるようになった。

8.大牟礼・湊温泉地区

1940年(昭和15)までは、高温の温泉が広い範囲で自噴しており、公衆、旅館、自家浴場に利用されていた。三節湯(現在は廃止)は歴史は古く、安永年間(1770年前後)の発見とも伝えられている29,30)

湯 之里や周縁の温泉地区で産業用として大量の採湯が行われるようになってから温泉水位や温度が低下しはじめた。そのため、湯之里寄りの温泉の一部は動力揚湯 を行っているほかは、旅館および自家浴場は配湯を利用している。1958年(昭和35)よりJR指宿枕崎線寄りでも掘削が行われ、温泉水位は低いが、温度 は高く、動力揚湯により公衆浴場、旅館、自家浴場、配湯用として利用されている30)

9.摺ケ浜温泉地区

海中、海岸線、小川沿いに高温の温泉が沸出しており、温泉水位は低く、海水位レベルである。殿様湯、砂蒸し、摺ケ浜温泉等は自然湧出の温泉を利用していた。

殿様湯は16第島津義久公以降の代々藩主に利用されたようで、現在の摺ケ浜公園の地である30)。砂蒸しは諸病を治す効果があることから古くより広く利用されてきた。現在の市営砂蒸し温泉付近だけでなく、広い範囲で行われていた。

ホテル、旅館、保養所、公衆浴場が建てられるようになってから温泉井削井による採湯が行われた。この地区の温泉は、公衆浴場、旅館浴場、自家浴場および配湯用に利用されている。

10.鉄道以西北部温泉地区

JR指宿枕崎線指宿駅より以西北部の山手には、権現、権太郎、巣目等の温泉地帯がある。さらに、山麓部では温泉の温度が高く井戸堀が困難であり、この地帯の温泉利用は進まなかった。また、この地帯の井戸は温度が高い上に塩分含量が多く飲料に不適で利用されなかった。

権現付近で1962~1964年に電源開発株式会社により地熱調査、1983~1984年には新エネルギー機構(NEDO)により地熱開発促進調査が行われたが、温泉量および蒸気量共に期待に足りるほどでないことが判明した。

11.鉄道以西南部温泉地区

1955年(昭和30)年以後国立鹿児島療養所(現国立指宿病院)および南迫田で掘削が行われ、施設園芸、自家浴場、公衆浴場、配湯用等に利用されてき た。平地に比べ温泉水位は低くエアリフトによって揚湯している温泉が多い。1995年(平成7)十二町丈六に掘削を行い、観葉植物生産団地「スカイヒル指 宿鉢物生産組合」で温泉利用を開始した。指宿市内の温泉の利用現況は第3表に示すとおりである。

第3表.指宿市内温泉の利用現状(1999)
区分 内容
泉源*1 利用数 未利用数 合計
569 249 818
利用状況*1 浴用 園芸 養殖 未利用数 合計
282 200 87 29 818
配湯*2
業者数 配湯戸数 備考
民間 28 3,511 戸数は推定
市営 1 769
29 4,280
一般家庭用*2
温泉使用料(1999年度)
個人配湯組合 指宿市営

メーター制 人数制
基本料金 10m3まで3,800円 3,800円 3,500円
従量料金 10m3こえて1m3増すごとに150円加算 24時間配湯1人300円 1人150円

メーター使用料200円 時間制限配湯1人200円
資料:*1鹿児島県指宿保健所1999.3.31 *2鹿児島県指宿市役所